全力解説 vol.9「民間の臍帯血バンクって意味あるの?」

読者の方からご質問を頂きました。
🤰「民間の臍帯血バンクは登録した方が良いのでしょうか?」
民間の臍帯血(さい帯血)バンクに関するご質問、実は数か月に1回くらいのペースで来ます。
出産時に赤ちゃんの臍帯血を取っておくことで赤ちゃんが今後、病気をした時に活かせるかもしれない…という話ですね。
これに関する私の見解は、一貫して以下の通り。
🐻❄️「100%とは言いませんが、99%意味ないです。私ならやりません。」
臍帯血保存そのものは全くのデタラメ医療というわけではありませんし、臍帯血がうまく利用できる可能性に賭けてみるのが間違いとは言い切れません。
ただ、10年で数十万円という決して安くない出費に見合う価値があるかというと、現時点では全く見合っていないと言わざるを得ません。
(民間のではなく、公的な臍帯血バンクなら全力でお勧めします)
庭から石油が溢れて止まらなかったり、ツイッターを買収してXに変えたりするくらいの財力を持っている一部の方なら良いでしょうが、
そうでなければそのお金はお子さんの教育資金にでも回した方がいいと思います🐻❄️
何故このように言えるのか、根拠をお話ししていきましょう。
臍帯血について
まず大前提となる、へその緒の中に入っている血液「臍帯血」について考えていきましょうか。
赤ちゃんは子宮の中で「臍帯(へその緒)」を通じて母体から栄養や酸素をもらって成長します。

この臍帯の中身は胎児の血液そのものなわけですが、
ここで大事になってくるのが「胎児の血液の中には特別なものが含まれている」ということ。
そんな「特別なもの」のひとつが「造血幹細胞」です。

出典:日本造血・免疫細胞療法学会
造血幹細胞は白血球や赤血球などのもとになる細胞で、
こやつが居ないと白血球が作れず細菌に対抗できないのでひどい感染症になってしまいますし、
酸素を運んでくれる赤血球が作られないと体中の酸素が足りなくなり、体がだるいとかでは済まないレベルの症状が起きます。
要するに、造血幹細胞に異常が起きると体がとんでもないピンチに陥るわけですね。
白血病について
そんな「造血幹細胞に異常が起きてとんでもないピンチに陥る病気」の代表例が「白血病」です。
(他にもいくつかこうした病気が存在します)
白血病は要するに血液のがんで、白血球になる前の細胞が異常に増えてしまい、
本来作られるはずだった正常の白血球・赤血球・血小板などが満足に作られなくなってしまいます。
これが白血病によるとんでもないピンチの正体です。

ちなみにかつて白血病の治療法が無かった頃、病状が進行すると白血球が増えすぎて血液が白くなっていくので「白血病」という名前が付けられました。
白血病の治療法を超絶大ざっぱに言うと(分類によって細かな治療法の違いがあります)、
まずは抗がん剤や放射線治療などによってがん化した細胞を徹底的にやっつけるのですが、
その後、造血幹細胞を患者さんに投与する場合があります。
このような治療を「骨髄移植」と呼びます。
この場合、どこかから造血幹細胞を調達してくる必要があるのですが、
ここで活躍するのが「骨髄バンク」です。
公的機関や献血ルームなどに骨髄バンクの案内が貼られているのを見たことがある方もいらっしゃるはず。

あの骨髄バンクは何のためにあるかと言いますと、
骨髄移植というものはできる人がメチャクチャ限られており、
「HLA型」(超わかりやすく言えば血液の相性)が一致しないと移植できません。
HLA型が一致する確率は兄弟・姉妹なら4分の1、親子だと1%あるかないか、
それ以外の他人(血のつながりのある親戚も含む)だと数万分の1程度とされています。
HLA型が一致するドナーが居るのは奇跡のような状況と言っても過言ではありません。
よしながふみ先生の神マンガ『フラワー・オブ・ライフ』では、
主人公の春太郎が白血病を治療した際に姉から骨髄移植を受けていましたが、
皆が皆、血縁者にドナーがいるわけでもありません。何せ4分の1ですので。

出典:フラワー・オブ・ライフ 5話
そのため、なるべく多くの方が骨髄バンクに登録しておくことで、
誰かが骨髄移植が必要になった時に骨髄液を提供できる可能性が出てくるわけですね。
ともかく、こうしてたまたまHLA型が一致する方が見つかったとしましょう。
HLA型が一致したドナーからは造血幹細胞を貰う必要があるわけですが、
この造血幹細胞がどこにあるかというと、骨髄という場所にあります。

骨髄は読んで字のごとく骨の内部に存在しているので、普通の血液検査のような感覚でちょちょいと取れるものではありません。
全身麻酔をした上で骨髄に針を刺して採取する「骨髄採取」か、
骨髄を刺激する薬をあらかじめ投与しておき、献血のように長時間をかけて血液を採取する「末梢血幹細胞採取」のどちらかを行わなければなりません。
どちらも事前の準備が必要ですし、採取日を含めて数日間の入院が必要になります。

と、ここまでをご覧になった皆様のお気持ちは分かります。
🤰「病気の方に貢献したい気持ちはあるけど、数日間の入院は難しい」
だと思います。
実際、この問題は骨髄バンクの運用上における大きな課題であり、
小さいお子様がいらっしゃるご家庭や、仕事に穴を開けるのが難しい方が何日間も入院することは容易ではありません。
現在では「ドナー休暇制度」や「ドナー公欠制度」が一部で導入されていたり、またドナーに対する助成金を出している自治体もありますが、これさえあれば何日でも入院していられるぜと言えるほど盤石の制度とは言いがたく、
そもそも原則として骨髄バンクのドナーは善意で提供するものという前提が存在するので、ドナーへの十分な補償が行われているとは到底言えない状況です。
献血を過去に100回やった私でさえ、正直なところ造血幹細胞ドナーをいつでもどこでも出来るかと言われると厳しいものがあります。

ただ、下手に報酬制度を設けたりしてしまうのもそれはそれでマズく、
過去に献血の血液をお金で売れるようにした結果、お金欲しさに血液感染する病気を持っている方が虚偽の申告をして献血をしたり、体調が良くないのに無理やり献血をしてしまったりした事例もあります。
そのへんの事情もあって日本では臓器移植法で血液や臓器(骨髄ドナーを含む)の売買を禁止していますし、
世界保健機関(WHO)も骨髄ドナーに報酬を与えることを非推奨としています。
しかし、それだと骨髄移植に積極的な人は増えづらい…
難しい問題ですよね🐻❄️
公的さい帯血バンク
ここで大活躍するのが「公的さい帯血バンク」です。
前述したように、臍帯血の中には造血幹細胞が含まれています。

へその緒を切り離したあとの赤ちゃんにとって、臍帯と胎盤に含まれている血液は必要のないものであり、本来は破棄される予定のものです。
ここからどれだけ血を取ったとしても誰にも害はありませんし、
範馬勇次郎みたいな赤ちゃんでない限り文句も言われないでしょう。

出典:範馬刃牙 2巻
これは献血と似たような扱いなので、臍帯血を提供した妊婦さんへの金銭的な負担は発生しません。
要するに、本来なら捨てられるはずだったものが誰かの白血病などの治療の役に立つ可能性が出てくる上、
提供した母児にとってもほとんどデメリットが無いという理想的な仕組みになっているわけですね。
ただし、実際の運用上は意外とややこしいです。
まず、この臍帯血の採取というのは意外に気を遣う処置です。
いくら胎盤や臍帯に血がそれなりに残っているといってもなんぼでも取れるというものでもなく、水鉄砲に水を補充するみたいにはいきません。それなりに技術が要ります。
しかもほんのわずかにでも菌が混入してしまったらその臍帯血は全部パアなので、採血にも保管にも厳重な無菌管理が必要です。
私は過去に何度か行いましたが、けっこう緊張しますよ、この手技🐻❄️

加えて、順調な場合でも採血には2~3分は欲しいわけですが、
もし産まれた直後の母児の状態が良くない場合はそんな悠長なことをやっている余裕はないので、
そもそも臍帯血の採取自体を諦めなければならない場合もしばしばあります。
さらにさらに、採取した臍帯血は必要な細胞だけを取り出して36時間以内に凍結保存するというメチャクチャ特殊な手順を踏むので、
それなりの設備が近場にある立地条件でなければならず、どこでもできるようなものではありません。
と、このように臍帯血採取は運用にも処置にも保存にもハードルがあるわけなので、
もし仮に「臍帯血のドナーになりたい」と思っても公的さい帯血バンク(臍帯血供給事業者)に提携した一部の病院・産院で出産する場合に限られます。

出典:中部さい帯血バンク
というか、公的さい帯血バンクに提携している病院はメチャクチャ少なく、
東北地方だと宮城県のみ、九州は福岡県・熊本県・沖縄県のみ、
中国・四国地方に至ってはひとつも無いという状況です。
とはいえ、中国・四国地方には臍帯血を処理する設備自体がまだ無いので、これはもうどうしようもないところ🐻❄️
公的さい帯血バンク自体、赤字で当たり前の運用をしているので新しい施設を作るのも難しいでしょうし。
結論として、こうした課題がまったく無いとまでは言いませんが、
臍帯血保存という技術や、公的さい帯血バンクの役割というのは文句のつけようがないほど素晴らしいものだと言えます🐻❄️

民間の臍帯血バンクは?
そろそろ読者の皆様から🤰「なにをしているッッ」「早く民間の臍帯血バンクの話をしろッッッ」という心の叫びが聞こえてきたので、
いよいよ民間の臍帯血バンクの話をします。
上で説明した公的なバンクではないやつです。
ここからが『産婦人科医やっきーの全力解説』の本番です🐻❄️
提携媒体
コラボ実績
提携媒体・コラボ実績
