全力解説 vol.16-2「妊娠中の食べ物NGリストを徹底検証してみた」アルコール編
こんにちは!
産婦人科医やっきーです!
今回の記事は、前回に引き続き「妊娠中の食べ物NGリストを徹底検証してみた」となります🐻❄️
前回はざっくり言うと「①:生もの」「②:魚介類」「③:レバー・うなぎ」について解説してきましたね。
そして今回は「④:アルコール」「⑤:カフェイン」「⑥:ポリフェノールの豊富な食べ物」「⑦:ハーブ・スパイス類」…
といった感じでまとめて解説していこうと思っていました。
書き始めるまでは。
ところがいざ書き始めてみると、「④:アルコール」がとんでもない強敵でした。
資料集めに次ぐ資料集め。
計算に次ぐ計算。
また資料が足りないのでネットの海を探しまくる。
そして計算。検証。文献集め。
そんな作業を繰り返した結果、なかなかものすごい文章量になってしまったので、
「もうアルコールだけで1記事にしてしまおう🐻❄️」と諦めてしまった次第であります。
「お酒は飲まないでね」だけで解説が済めばどんなに楽かと思いますが、
アルコール様はそんな単純な理屈が通用しない魔物なのでした。
あとは、「⑤:カフェイン」「⑥:ポリフェノールの豊富な食べ物」「⑦:ハーブ・スパイス類」は微妙に関連し合っているので、全部まとめて解説する必要があるという事情もありますのでね。
というわけで、本記事のラインナップは以下の通りです。
④:アルコール
④-A:お酒
④-B:お酒を使った料理
④-C:粕汁
④-D:お酒を使ったお菓子
④-E:ノンアルコール飲料
ご覧の通り、本記事はアルコールに特化していきます。
「自分は妊娠中にアルコールなんて一滴も摂ってないよ」という方こそ読んでいってください。
一般的な日本人が完璧にアルコールを避けて10か月間生活するのはほぼ無理ですからね。
アルコールのことを正しく知っていきましょう。
さあはりきっていくぞ🐻❄️
(前提知識を揃えるのが重要なので、部分的な抜粋やスクリーンショットの転載はご遠慮願います)
④:アルコール
vol.16-1で解説した「①:生もの」と並び称される、妊娠中に避けるべきものの代表格と呼ぶべき存在です。
とはいえ、さすがに妊娠中に範馬勇次郎みたいな酒の飲み方をする人はたぶん居ないでしょうが、
出典:範馬刃牙 138話
「アルコールが使われたお菓子はどうなのか?」「料理酒はどう扱うのか?」「ノンアルコール飲料は飲んでいいのか?」といった疑問も尽きないと思います。
今回はそのあたりを掘り下げていきましょう🐻❄️
(※常人が度数70%のお酒をジョッキで一気飲みすると死ぬので真似しないでね)
・アルコールに関する基礎知識
そもそもアルコール(エタノール)というのは生化学的にも人類史的にもメチャクチャ特殊な扱いの化学物質でして、
人体の生合成において全く必要ではないどころか有害な物質であるにも関わらず、広く親しまれてきました。
宗教においてもアルコールを重要な立ち位置に置いているものは多く、
カトリックでは赤ワインをイエスの血の象徴として扱いますし、
神道においても日本酒(お神酒)は神への捧げものとして貴ばれています。
(反面、保守的なプロテスタントやイスラム教・仏教などでは飲酒が禁じられているケースも多いですが)
旧約聖書で全ての動物のつがいを箱舟に乗せまくったことでおなじみのノアも、
大洪水が終わった後に特に何があったわけでもないのにワインで泥酔して寝てしまい、
それを見た息子たちが「オトン素っ裸で何してんねん」と着物をかけてあげたシーンをミケランジェロが描いたことでも有名ですね。
作品名「ノアの泥酔」 まんますぎる。
(ちなみに当時のノアは601歳。この後ノアは謎の逆ギレを起こし、孫に対して奴隷になる呪いをかけた。)
そんなアルコールが人体にどのような影響をもたらすかと言いますと、
まずは中枢神経系を麻痺させます。
いわゆる「酔っぱらう」という現象において人体に起きていることは「中枢神経の麻痺」です。
気分が良くなったり細かい動作ができなくなったり、足元がおぼつかなくなったりするのは、ストレートに表現すると脳が麻痺してるためであり、
そのへんの閾値を超えてもっともっとアルコールが吸収されると意識障害や呼吸抑制などが起こって最悪死にます。これがいわゆる「急性アルコール中毒」ですね。
そんなエタノールは分解の過程で「アセトアルデヒド」という物質に変換されるわけですが、
アセトアルデヒドは人体にとってかなり毒性の強い物質で、
いわゆる「二日酔い」の原因物質はほぼコイツですし、また発がん性も有しています。
そんなわけで、習慣的に飲酒をしている方は口腔がん・咽頭がん・喉頭がん・食道がん・肝臓がん・大腸がん・乳がんなどのリスクが上がることが明らかとなっています。
あんなに美味いのに酒は体に悪い。これはもはや人類の業では…?🐻❄️
しかしその反面、「酒は体に良い」という俗説も一度は耳にしたことがあるはず。
「酒は百薬の長」という言葉の発祥は紀元1世紀の中国ですし、
古代ギリシャの医学の父・ヒポクラテスも「ワインは最高の薬」と呼ぶなど、
「酒は体に良い」という俗説には数千年という歴史がありました。
出典:こち亀 18巻
そんな中、1990年代に入るとアメリカやヨーロッパで「ちょっと飲酒してる人が最も死亡率が低い」というデータ、いわゆる「Jカーブ効果」が提唱され、
酒造メーカーや酒好きにとっての拠り所となっていきます。
出典:ダイヤモンド・オンライン
しかしこの「少量のアルコールは体に良い」という研究はあんまり適切な検証ではなかったことが明らかとなっておりまして、
心筋梗塞などごく一部の疾患に限っては飲酒がリスクを下げるのかもしれないものの、悪性腫瘍のリスク上昇がそれを打ち消してしまうことが指摘され、
最終的に2018年にLancet(超すごい医学雑誌)に掲載されたメタ解析で「酒を飲んでない奴が最も健康だった」という身も蓋もない結論に落ち着きました。
さらに、「心筋梗塞とかは飲酒でちょっとリスク下がるかもね」という意見に関しても2022年に世界心臓連合(World Heart Federation)が意義を申し立てまして、
少量の飲酒でも高血圧・不整脈・心不全など心血管系疾患全般のリスクが上がると指摘されたことで、
結局のところ健康のことだけを考えるなら酒は飲まん方が良いというのが現状主流の考え方です。
とかなんとか言ってる私自身、ビール大好きシロクマではあるんですが。
自分で書いててかなしい🐻❄️
というわけでアルコールに関する基礎知識は終わりにして、
ここからは妊娠とアルコールについて考えていきましょう🐻❄️
④-A:お酒
まずは基本中の基本である、「妊娠中にお酒を飲んではいけない理由」について考えてみましょう。
妊娠中にお酒を飲んではいけないという事実は有名ですが、その理由とは何でしょうか?
理由は単純明快で、赤ちゃんに影響するからですね。
妊娠中の母体の飲酒により、胎児に起きてしまう疾患を「胎児性アルコール・スペクトラム障害(FASD)」と呼びます。
具体的な症状としては低体重・顔面などの形態異常、脳障害などが挙げられ、予防できる精神発達遅滞の原因としては最大のものとされているほどです。
このFASDですが、具体的な閾値(これ以上飲んだらFASDのリスクが上がるという数値)は特に設定されておらず、アメリカの国立衛生研究所(NIH)も
"Research shows that binge drinking and regular heavy drinking put a fetus at the greatest risk for severe problems. However, even lesser amounts can cause damage. In fact, there is no known safe level of alcohol consumption during pregnancy."
(妊娠中に飲酒しまくるのが良くないのは当然として、少量でも良くないよね。安全域とかも特にないからね)
という声明を出しています。
つまり一言で言えば、「妊娠中にお酒を飲んではいけない」とまとめることができます🐻❄️
(授乳中や妊活中のアルコールに関してはいろいろ話が変わってくるので、こちらは後日まとめます)
ただ、難しいのはここからです。
「妊娠中に飲酒すべきではない」というのは文句なく正しいですし、実際その通りではあるのですが、
じゃあそれをアルコールが入ったスイーツや料理とかにも適応して良いのか?というとなかなか難しいところなのです。
その理由は、一般的な食生活においてアルコールを完全に避けることが全く現実的ではないからです。
先に言っておきますと、「自分は絶対にアルコールを全く摂っていない」と思われている方も、一般的な日本食を摂っているなら程度の差はあれどほぼ確実にアルコールは摂取してます。
後述する理由で、妊婦さんはもちろん、1~2歳児の食べ物であっても微量のアルコールは入らざるを得ません。
どういうことか、詳しく解説していきましょう🐻❄️