全力解説 vol.62「便秘」

先日、サポートメンバー限定の質問募集スレッドに、こんなご質問が寄せられました。
🤰「現在27週です。マグミットを1日3回服用しても便が柔らかくならず、切れ痔に悩まされております」
この質問を読んだ瞬間「待ってました」と膝を打ちました。
詳しい仕組みはあとで書くとして、妊娠と便秘は基本的にセットになっていると言って差し支えないものであり、
ある程度の経験がある産婦人科医は便秘の対応法が体に染みついているものです。
ハンバーガーを頼んだら「ご一緒にポテトはいかがですか?」と聞かれるように、
妊婦健診の最後に「ご一緒にマグミットはいかがですか?」とつい聞いてしまう、
そんなアンハッピーセットが妊娠と便秘というものなのです。
……という言葉がつらつらと出てくるくらいには便秘の話は馴染み深いため、
このご質問をいただいた時に「たぶん今までに何か便秘の記事書いたはずだからそれを出せばいいや」と思って過去記事検索をかけてみた…
のですが、まさかの過去にひとつも便秘の単独記事を書いてなかったことが発覚。
ウソだろ、4年も産婦人科ブロガーやってて便秘の話を一回も通ってなかったのか🐻❄
ガロン塚本のキンタマについて考察するより先にやっとくべきだったろどう考えても。
そもそも、産婦人科どうこう関係なく、人間を含むだいたいの動物はウンコをします。
ウンコをしない動物というと、
・サナダムシのように体表から直接栄養分を吸収する寄生虫
・センモウヒラムシのように体外で消化吸収をする特殊な動物
・清純派アイドル
等、非常に限られます。
よって、ほとんどの動物にとって生きるということは食べるということであり、食べるということはウンコをするということ。
こんなにも生命の根源に迫ったテーマがあるだろうか、いやない(反語)
このレターも62個目のテーマとなり「だいたいの話題は網羅しただろ」と慢心していましたが、まだ穴があったのですね。ウンコだけに。
というわけで、前述のご質問に対してはXで簡易的な回答をしたのですが、
それはそれとして「こりゃ1回は本腰を入れて便秘の話をしとこう」と思い立ったのでした。

oh...🐻❄️
そういや「便秘」をテーマにした記事はまだ書いてなかったので、今後そのへんを書いてもよさそうですね。
というわけで今日は「妊娠中の便秘と痔」についてさらりと。
それに、『便通異常症診療ガイドライン2023―慢性便秘症』の中でも、
「慢性便秘症はQOLを低下させるか?」という問いに対し「低下させる。」という有無を言わせぬ迫力ある回答が載っています。

すなわち「産婦人科医やっきーは便秘の話を書くべきか?」という問いにも「書くべき。」と回答するのが適切なのです。
だんだん自分が何言ってんのか分からなくなってきた。
てなわけで今回の記事は便秘だけで一万字超えと相成りました。
読むだけで便秘になりそうな内容に仕上がりましたが、排便にお悩みの方はぜひご覧ください。
快適なウンコライフをあなたに―――

出典:ゴールデンカムイ 8話
便秘の歴史
これを書いても何ら読者の皆様の便通に影響するこたありませんが、
せっかくなので「便秘の歴史」について深掘りしてみましょう。
深掘りする意味があるかと聞かれると特に何も出てこないのですが(便秘だけに)、
それが『産婦人科医やっきーの全力解説』なのです。とにかくそういうことでお願いします。
まず、本人による便秘症状の記録が現存していることで知られる具体的な女性として、
イングランドの地主・登山家・旅行家であるアン・リスター(1791-1840)がいます。

彼女は、同性愛が社会に全く認められていなかった当時としては珍しいレズビアンであることが明確に記されている女性であり、「近代最初のレズビアン」と呼ばれているだけでなく、
合計400万語以上のすさまじい量の日記(肝心な部分は古代ギリシャ語や数学記号で暗号化)を残し、当時の文化史を知る上での貴重な資料として扱われています。
そんなアン・リスターは日記の中で自分の排便状況を大きさ・形・色まで克明に記していたことで知られ、
“twenty minutes on pot and did not nothing”
(20分座ってたけどウンコは出なかった)
“my bowels have been wrong doing nothing but little round bits for the last five or six months”
(ここ5~6か月ほど腸の調子が悪く、ウサギみたいなウンコしか出ない)
“took 2 tablespoonsful of Miss H-’s castor oil, … Very loose motion shewing that the oil had gone through me”
(ヒマシ油=下剤を飲んだら軟便が大量に出た)
などなど、年単位の様々な場面でウンコが登場しております。
余談ですが、アン・リスターを紹介するサイトにウンコに関する記述だけをまとめたスプレッドシートが載ってるのはさすがに面白すぎる。まさか彼女も後世に自分のウンコがデータベース化されてるとは夢にも思わなかったであろう。
彼女は近代最初のレズビアンでありながら、詳細な便通の記録が残っている稀有な女性と言えるのかもしれません。だから何だという話はさておき。
他にも、便秘に悩まされていた可能性が高い有名人として、スコットランドの女性作家ジェーン・ウェルシュ・カーライル(1801-1866)が居ます。
彼女は書籍の出版などをしていたわけではないものの、ものすごくウィットに富んだ手紙を残したことで、当時の一部の知識人からは高い評価を受けていました。
要するに、今で言うところのフォロワーはそれほど多くないけど超面白い文章で熱烈なファンのいる女性マイクロインフルエンサーです。

彼女はアン・リスターほどには露骨に「ウンコ出ねえわガッハッハ」みたいな直接的な記述をしたわけではありませんが、
1845年に「wretchedly bilious(消化器の不調)」に対し「blue pills(当時よく使われていた下剤)を飲んだ」という文章を残したほか、
後年の手紙の中にもちょくちょくcastor oil(ヒマシ油)が登場しており、状況証拠的には彼女が便秘に悩まされていた可能性は高いと見られます。
……余計なお世話すぎるなこれ。
便秘の医学史
というわけで具体的なエピソードはこのあたりにして、
医学分野における「便秘」の取り扱いの変遷を詳しく見ていきましょう🐻❄
今でこそ便秘は「単に便が出にくい状態」「治すに越したことはないが、基本的にはそれほど緊急性のある状態ではない」という認識でほぼ共通していますが、昔はそうではありませんでした。
むしろ、長らく便秘は別の病気を引き起こす危険なものとして扱われてきた歴史があったのです。
(その後、この知見は部分的には合ってる部分もあることが分かりましたが、詳しくは後述します)

古くは紀元前16世紀のエジプトで「腸内で分解された老廃物が中毒を引き起こして病気になる」と記されたパピルスが残っていますが、
近代に差し掛かった1850年代のアメリカの健康推進マニュアルでもなお「毎日の排便がなければ全身のシステムが乱れて腐敗する」と書かれています。
さらに19世紀後半になって細菌学が発展すると、
「腸内細菌が体内に溜まった便を腐敗させ、様々な病気を引き起こす」
とする説(自家中毒説)が当時の庶民から医学者まで幅広い支持を集め、「便秘は寿命を縮める」というのが半ば常識のようになっていました。
と言っても、自家中毒説は1910~1920年代頃には医学者の間でかなり懐疑的な扱いになっていたのですが、
メディアが発達していないこの当時、その知見が一般市民に伝わるには時間を要しました。
その結果、特に1920~1930年代のアメリカは便秘不安商法の魔境とも言うべき状態になっていたことが伺えます。
たとえば、当時の下剤の広告がコレ。

オッサンのお腹が便秘でパンッパンに膨れて血を吐いてます。
そんなことある???
さらに凄まじいのが、当時実際に販売された、便通を良くするための直腸の拡張器です。
それがコレ。

出典:Civilization and the colon
……アレにしか見えねえ!!!!!🐻❄️
もしかして私の心が汚れているのかと思いましたが、
どっからどう見てもアレにしか見えません。
コレは医学的にどうなのか、当時使ってた人の感想は無いのか、
「便秘を治すため」という大義名分で別の目的で買った人はいないのか等、もう少し詳細に調べてみたいところですが、
私はブロガーとしてシモネタとは一切無縁で過ごしてきたことに定評があるため、これ以上のコメントは差し控えさせて頂きます。
まあこのへんまでは(多少の実害はあったでしょうが)最悪、笑い話のひとつとして片づけられもしたとしても、
当時のロンドンの外科医であるウィリアム・アーバスノット・レーンは、便秘による自家中毒を防ぐために大腸を切除するというトンデモない医療行為を行っていたと記録されています。
しかも数百人単位に対して。
その一方で、便秘に対してマトモな方向から取り組んだ研究も少なからず存在しました。
1898年、ロンドンの医師であるシーモア・テイラーは、便秘に悩まされるのは女性が圧倒的に多いことに着想を得て「女性はコルセットを付けるから便秘になりやすいのでは?」という仮説を唱えていますし、(参考)
1908年には、同じくイギリスの医師であるアーサー・ハーツがX線を用いて便秘症例の分析を行い、同じ「便秘」にも通過障害・食事由来・心因性など様々な原因があることを突き止めています。(参考)
それ以降もちょっとしたアップデートや薬剤の開発を繰り返していたのですが、
根底の考え方として「とりあえず何か薬を使ってウンコ出させればええねん」という状況が変わることは中々ありませんでした。
潮目が変わるきっかけとなったのは、1971年にネイル・ペインターとデニス・バーキットが発表した論文“Diverticular disease of the colon: a deficiency disease of Western civilization”です。
この論文は「大腸憩室」という、腸壁の一部が袋状に飛び出した状態に注目したものです。
大腸憩室それ自体がとんでもない病気とまでは言えないものの、たまに炎症を起こしたりするのでやっかい。

この論文では「欧米では大腸憩室が多い」「アフリカでは稀である」という事実をもとに、
「西洋の食文化は食物繊維が少ないため便が少ない」「少ない量の便を排出するために腸に高い圧力がかかる」「それによって憩室が発生しているのでは?」という方向に論を進めます。
後に、この仮説もこれはこれで懐疑的な面があることを指摘されてはいるのですが、
ともかく「便がしっかり出るように食事内容を見直すことも大事」という潮流へのマイルストーンになったことは確かです🐻❄️
現代における「便秘」の考え方
そんな紆余曲折を経て、少しずつ便秘に関するエビデンスが蓄積されてきたことで、
便秘の診断法や治療法も明確化してきました。
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