全力解説 vol.58「ベイフォータスの普及が難しすぎる件」

めちゃくちゃ良い抗体製剤…なのに、なかなか普及が進まないベイフォータスの事情。
やっきー 2026.03.06
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RSウイルス。

いわゆる「かぜ症状を起こすウイルス」のひとつではあるものの、

乳幼児にとってはインフルやコロナ並みのダメージ、なんなら入院率の高さに関してはインフル・コロナ以上という脅威のウイルスです。

(生後6か月以内の乳児の入院率 RSウイルス:3.54% インフル:0.27% コロナ:0.32%

そんなRSウイルスですが、2026年4月1日から「アブリスボ」というワクチンが定期接種、すなわちほとんどの自治体では無料で打てるようになります。

私もこれまでブログのRSウイルス解説記事等でアブリスボの有効性はたびたび発信してきましたし、他の先生方もしばしば啓発しているホットトピックですね。

本記事を執筆している2026年3月現在、産婦人科はアブリスボの話題でアッチアチの状態で、つい先日も厚労省からうちの病院に「アブリスボ定期接種やる?」というアンケートが送られてきたところです。

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001659042.pdf

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001659042.pdf

そこで本日お話ししたいのはベイフォータスの普及が難しすぎる件についてです。

ベイフォータスについてはvol.51「アブリスボ vs. ベイフォータス vs. シナジス」でもお話ししましたが、改めて簡単に解説しておくと、

アブリスボ
・妊娠28~36週(24週~36週)の母体に接種するワクチン。
・接種してから2週間以上経って産まれたエケチェンはしばらくRSウイルスから身を守れる。
ベイフォータス
・生まれたあとのエケチェンに注射する抗体製剤。
・抗体製剤なので定義上「ワクチン」ではない…けどまあだいたいワクチンみたいなもん。
・打ったエケチェンはしばらくRSウイルスから身を守れる。

という感じで、要するに「母体に打つアブリスボ」「赤ちゃんに打つベイフォータス」という違いがあります。

両者のRSウイルス予防効果は十分に高く、良い意味で誤差みたいなもんなので、

「母体へのアブリスボか、赤ちゃんへのベイフォータスのどちらかを打てばOK(ハイリスク児以外)というのが世界的なコンセンサスになっています。

そんな中で、日本ではベイフォータスを打てるのが実質的に早産などのハイリスク児のみ、それ以外だと45万~90万円くらいかかるので、薬代が3万円ちょいくらいのアブリスボを普及させるべく政府主導で定期接種が進んでいるわけですね。

国際的な普及度ではベイフォータス>>アブリスボとなっており、国によっちゃ接種数や出荷数に数倍レベルの差が出ています。

とはいえ私自身、現場でアブリスボを山ほど接種してきた身として、

アブリスボよりベイフォータス優先の運用をしたくなる事情も大いに理解できます。

28~36週(国によっては32~36週)という短いタイミングを逃さず接種しなければならないのはなかなか手間ですし、接種部位の痛みや筋肉痛などの副反応もあります。

上記のタイミングで適切に接種できたとしても、結果的に早産や先天性心疾患などになった赤ちゃんには追加でベイフォータスを打つことが勧められています。

それならばベイフォータスのように全エケチェンに一律でささっと注射してしまえる方が運用上も楽ですし、紛れもありません。

しかし、RSウイルス予防の観点からはアブリスボに有利な面もいくつかあるのも事実。

アブリスボもベイフォータスも同じくらい優れた感染対策だけに、理想としては「どちらも選べる状況」こそが望ましいとも言えます。

「選択肢がある」というのは消費者にとって大事です。

個人の嗜好にあわせて「きのこもたけのこも選べる」という選択肢が存在するのは大事なことなのです。たけのこの里の方が美味いですが。(異論は認めない)

同様に、アブリスボとベイフォータスもRSウイルス対策としては相互互換の関係にあります。だからこそ世界的に「どっちでもOK」となっているわけです。

にも関わらず、なぜ日本ではベイフォータスの普及が進まないのか。

ハイリスク児だけでなく、全乳児を対象に打つ未来は来ないのか。

本日はそんなベイフォータス普及の現状と今後について、歴史を振り返りつつ政府資料をもとにお話ししていきましょう🐻‍❄️

***

2002年:シナジスの承認

RSウイルスが新生児・乳児に対してメチャクチャに牙をむくことは1950~1960年代頃から知られていた事実でした。

そんなRSウイルスに対するワクチンも当然求められていたのですが、RSウイルスのワクチン開発は5段階でいうと4くらいの難易度だったため非常に難航してきました。

ちなみにワクチン開発の難易度は天然痘が1、麻疹や風疹が2、ロタウイルスが3、コロナが4、HIVやノロが5くらいといった雰囲気です。

難易度1は19世紀以前でも作れたレベル、2は昭和レベル、3は平成レベル、4は令和レベルの科学が必要といったイメージ。5は未だに作れてないグループです。

そんな中、2002年に颯爽と登場したのがシナジス(パリビズマブ)でした。

出典:QLife

出典:QLife

こやつはRSウイルス抹殺マシンを注射製剤にしたようなもので有効性は高いのですが、

1か月ごとに毎月注射せねばならないという運用がネックでした。

とはいえこの時点で唯一のRSウイルスへの対抗策であったため、シナジスは国内外を問わず大事に使われ続けてきました。これまでにシナジスが救ってくれた命は計り知れないでしょう。

***

2013年:RSウイルスワクチン開発の推奨

ここで一つの転機が訪れます。

2013年10月に厚生労働省が行った『第5回研究開発及び生産・流通部会』にて、6種類のワクチンについて優先的に開発を進めるべきという方針が盛り込まれました。

具体的には、

①麻疹・風疹を含んだ混合ワクチン(≒おたふくかぜの混合ワクチン)
②DPT-IPV(ジフテリア・百日咳・破傷風・不活化ポリオ)を含んだ混合ワクチン(≒五種混合以上のワクチン)
③経鼻投与ワクチン等を含む、現行より優れたインフルエンザワクチン
④RSウイルスワクチン
⑤ノロウイルスワクチン
⑥帯状疱疹ワクチン

の6種類です。

ここで挙げられた6種類のワクチンは、厚生労働省が「有効なワクチン作ってくれたら国単位で採用するぞ」と言っているに等しく、

製薬会社にとっては海賊王がワンピースを置いてきた宣言して処刑された時のあれくらいの大事件でした。世はまさに大ワクチン時代。

その甲斐あって、⑥「帯状疱疹ワクチン」は2016年に適応が追加され2025年に定期接種化、

③「経鼻インフルワクチン」は2023年承認、②「五種混合ワクチン」は2024年に定期接種化となりました。

①「MMRワクチン」は海外には存在するものの国内未承認、⑤「ノロウイルスワクチン」は開発中です。ありったけの夢をかき集めてる最中です。

***

2023~2026年:アブリスボの承認と販売、定期接種化

そんな厚労省のバイオリズムに乗っかって進められたRSウイルスのワクチン開発、その先陣を切ったのがコロナワクチンでおなじみのファイザーでした。

2020年にはファイザーによる第3相試験・MATISSE試験が開始。(≒販売前の本格的な調査)

2023年にMATISSE試験の中間解析でポジティブな結果が出たことで、アメリカやEU諸国での承認と販売が進みます。

2024年1月には日本でもアブリスボが薬事承認され、2024年5月31日をもって販売開始となりました。

出典:ファイザー株式会社

出典:ファイザー株式会社

さらにファイザーは販売後の副反応疑い報告の集計も行っており、

2025年1月1日~3月31日に行われた18,903回の接種における副反応疑い報告はわずか0.0688%にとどまったことを受け、ワクチン審議会でも「安全性に問題なし」と結論付けられました。(参考)

元々、厚労省が大々的に「作ってほしいワクチン」の具体例として挙げていたこともあり、かつ費用対効果が良い(アブリスボの接種費用を国が負担したとしてもRSウイルス感染症の赤ちゃんの治療費より安く済む)試算も行われたため、

めでたく2026年4月1日からの定期接種化が決定したのでした。

……というのがアブリスボ定期接種化までの大ざっぱな流れになります🐻‍❄️

そして、この裏では同時に「ベイフォータスをもっと使いやすくしようぜ」の動きも当然あったのですが、ベイフォータスは依然として保険or超高い自費接種のみ。かたやアブリスボはお政府様がお金を支援してくれる定期接種化。

この差がついた理由と今後のベイフォータス普及を考える上で、法律と国会というメチャクソややこしい問題が絡んでくるのです。

逆に言えば、ここを理解できればベイフォータス普及の進捗状況を推測することが可能になります。

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