全力解説 vol.51「アブリスボ vs. ベイフォータス vs. シナジス」
2025年11月18日、「妊婦さんのアブリスボが定期接種になる」との報道がなされました。
パチパチヒューヒュー🐻❄️
https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10014979231000
まず最初に、アブリスボとは何かを簡単に説明しておきましょう。
「RSウイルス」というウイルスがいます。
誤解を恐れず言えば、大人にとってはよくある風邪のウイルスの一種に過ぎないのですが、
こいつが乳幼児や高齢者に感染するとヤバいことになります。(基礎疾患があるとさらに危険)
2歳未満の子ども、特に生後半年以内の乳児にとっては致命的とすら言える感染症で、
世界では年間10万人の子どもがRSウイルス感染症で亡くなっています。(参考)
出典:大阪健康安全基盤研究所
こんな厄介そのもののRSウイルスですが、長年の研究の末にワクチンが開発され、2024年6月から発売開始となりました。
妊娠中の母体に接種することにより赤ちゃんに抗体を移すことのできるRSウイルス母子免疫ワクチン「アブリスボ」です。
RSウイルス感染症で重症化してしまう症例を8割近く減らせるため、もっと普及すれば小児科診療を劇的に変えるワクチンとなることは確実です。
詳しくはブログのRSウイルス解説記事か、書籍『アレはホントにマジなのか』を参照していただくとして。
実は1~2か月ほど前、某関係者から個人的に「アブリスボを定期接種化する方向で政府への働きかけが進んでいる」という話は聞いていました。
とはいえ、その時の温度感的には「上手くいけば今後1年以内で定期接種になるのかもしれんけど、お政府様のスピード感を考えるとは2~3年以内に決まれば御の字かな」という印象だったので、
11月18日の報道当初は「いくら何でも動きが早すぎんか?これホンマか?🐻❄️」というのが率直な感想でした。
2025年の初めに石破茂総理(当時)が高額療養費制度の改悪に動いた時、政府見解や報道内容が二転三転したのは記憶に新しいところですし。
そんな中、11月19日に厚生労働省から予防接種基本方針部会の資料が正式に公開され、
その中でRSウイルスをA類疾病に位置付け、アブリスボを定期接種対象とすることが案として盛り込まれていました。
(A類疾病:麻疹、風疹、結核、HPVなどなど。要するに無料でワクチン接種が可能な感染症のこと。)
『事務局案』として発表されているので、いち局員が「こうなったらいいのになー」と適当な発言をしたり、報道機関が適当な飛ばし記事を書いちゃったわけではなく、
厚生労働省が公式に「こういう制度にしたい」と制度の叩き台を作ったことを意味します。
たいていの場合はこのまま、あるいは微修正が入って最終案に移りますので、「アブリスボの定期接種化」という大枠が覆ることはほぼなくなりました。
まずはこれでひと安心と言って良いでしょう。
この資料には赤ちゃんに打つRSウイルスの抗体製剤「ベイフォータス」の定期接種化についても言及がなされており、海外ではむしろアブリスボより積極的に使われているのですが、
後述するように大人の事情が山盛りすぎて日本での実現は遠そうです。
というわけで本日は「アブリスボ vs. ベイフォータス vs. シナジス」と題しまして、
RSウイルス対策の3つの薬剤について解説していきます。
さらにサポートメンバー限定部分では上級編として、
日本のベイフォータスが高すぎる理由を踏まえたベイフォータス普及の見通し、
そして私がアブリスボやベイフォータスに関してどのように考えているのかをまとめていきましょう🐻❄️
基礎知識:アブリスボ・ベイフォータス・シナジスの違い
日本には、RSウイルスからエケチェン👶を守ってくれるおくすりが3つ存在します。
アブリスボとベイフォータスとシナジスです。
一般の方からするとなんで3つもあんねん面倒くせえとお思いでしょうが、この3つはものすごく性質の異なるものです。
例えるならプレステ5とSwitchとDSぐらい違うのです。
このたとえ合ってる…?🐻❄️
出典:ファイザー
まずはRSウイルス予防界のプレステ5ことアブリスボ。
これは先程も説明した通りで、妊娠中の母体(24週以降、できれば28週~36週が望ましい)に接種することにより、胎盤を経由して赤ちゃんにRSウイルスの抗体(ウイルスをぶち壊してくれる免疫ロボット)を与える効果をもつワクチンです。
母体にワクチンを接種⇒母体の中で抗体が作られる⇒胎盤を経由してエケチェンに抗体が移る⇒生後しばらくはその抗体が守ってくれる
という仕組みです。
出典:ファイザー
もう一度言いますが、アブリスボはワクチンです。ここ大事なとこです。
「母体に接種するなんて面倒くさいことせんでも、生まれてきた赤ちゃんに直接アブリスボを接種したらアカンのか?」という疑問をお持ちの方もいらっしゃると思いますが、
生後間もない赤ちゃんは免疫機能が不十分であり、仮にアブリスボを赤ちゃんに打ってもRSウイルスに対する抗体がうまく作られず、母体経由でないと感染予防がうまくできない可能性があるという事情がまずひとつ。
(参考:山本初実ら「新生児の免疫学的特徴」医療 57(7): 456-460, 2003.)
加えて、RSウイルスは長期的な免疫がつきにくいウイルスであり、ワクチン開発も難易度が高めです。アブリスボの有効性・安全性試験も大人に打つことを想定したものです。
何と言っても、RSウイルスワクチン開発は1960年代に大失敗してしまった過去があるので、そりゃあもう慎重に慎重を重ねて設計されているのです。
その結果、今の形に落ち着いたというわけですね🐻❄️
出典:アストラゼネカ
そして次が、RSウイルス予防界のニンテンドーDSことシナジス。
非医療従事者であっても、早産などのお子様をお持ちの方だと「うちの子に打った覚えがある」という方もいらっしゃるはず。
生後半年以内の赤ちゃんがRSウイルスに感染すると非常にまずいのは先に説明した通りですが、
その中でも特によろしくないのが「在胎35週以下の早産児」と「心臓・肺などに基礎疾患のある乳幼児」です。
この子たちに関しては特級にRSウイルスが危険なので、とにかく全力でRSウイルスから守ってあげる必要があります。
しかしアブリスボが日本で発売されたのは2024年6月。
それまではどう対応していたのかというと、RSウイルスを直接ぶち壊してくれる抗体製剤「シナジス」を打つことで凌いでいました。というか今も現役です。
出典:毎日新聞
本来ならワクチンを打ったり、マジのウイルスに感染したりして初めてウイルスに対する抗体が作られる(いわゆる「免疫がつく」)わけですが、
ウイルスに対する抗体そのものを注射することでもRSウイルスから身を守ることは可能です。
「ワクチン」というのは、特定のウイルス等を弱らせたり無毒化したり部品だけを体内で組み立てたりして、それに対して免疫をつけるものなので、
ウイルスをぶち壊す武器=抗体を直接注射するシナジスや後述のベイフォータスは定義上、ワクチンではありません。似て非なるものです。
結局RSウイルスから防御するんやからワクチンと同じようなもんでええやないか、と正直私も思いますが、この「定義上はワクチンではない」が後で効いてきます。
さて、シナジスの製法はブログで解説したのでそちらを参照していただくとして、
シナジスには「一か月くらいしかもたない」という無視できない欠点があります。
そのため、生後半年間~長くて2年間は毎月シナジスの注射に行かねばならないという状況が存在したわけです。
もちろん、感染予防という観点からは必需品であることに間違いないのですが、
それはそれとして毎月の通院は赤ちゃんにも保護者にも多大な負担がかかります。手間的にも、金銭的にも。
(お金はたいてい現物給付or償還払いで実質無料に近いのですが)
シナジスが日本に登場してから20年以上、これまでに数多くの赤ちゃんを守ってきてくれた素晴らしい薬ですし、なんなら今も日本ではガッツリ現役で活躍中なのですが、
世界的にはアブリスボとベイフォータスにその立場を譲りつつあり、これから徐々に使われなくなっていくことがほぼ決定している薬でもあります。
出典:サノフィ
そして彗星のごとく現れたのが長時間作用型のRSウイルス抗体製剤「ベイフォータス」。
人呼んでRSウイルス予防界のニンテンドースイッチ。(私しか呼んでない)
ベイフォータスもシナジスと同じく、ワクチンではなく抗体そのものを注射する仕組みですが、
一か月しか効果がもたなかったシナジスと違い、一回の注射で五か月近く効果が持続するという凄まじいパワーを誇っております。
https://www.jp.beyfortus.com/about-beyfortus/compare
五か月もつシナジス、と書くとそれシナジスの上位互換では?という気になってきますが、
現在の日本の制度ではシナジスなら保険が効くけどベイフォータスは保険が効かない場合があるので、そういった時にはシナジスが今でも役に立ちます。
制度の方が追い付いてないだけじゃないか?という意見については後述します。ややこしいんだこの問題はウン。
……なお、ベイフォータス(ニルセビマブ)に似た作用を持つ長時間作用型の抗体製剤として「クレスロビマブ」というものもあり、
アメリカでも2025年6月に承認を受けたばかりの新しい薬で、日本では現在申請中です。
日本で使用できるようになるにはまだ時間がかかるので、今回はクレスロビマブの話は割愛します。
以下、正確には「ベイフォータスまたはクレスロビマブ」と表現すべき箇所についてもベイフォータスだけの話をします。まあ似たようなもんなので同じ扱いでOK🐻❄️
さて、ベイフォータスがシナジスに勝るところに、
一回の注射で五か月もつので、RSウイルスが重症化しやすい子(早産児など)以外にも全員に打ってしまえば全員の重症化を抑えられるんじゃね?という運用ができる点があります。
シナジスで年間70万人近い全エケチェンに同じことをやったら小児科の先生が過労で倒れ、品切れを起こし、大地は割れ空の怒りが降り注ぐことは確定的ですが、
ベイフォータスなら他の定期接種のついでに注射すれば良いので手間もさほど増えません。
日本だと、保険適用となる一部のハイリスク症例(早産児・先天異常など)以外でベイフォータスの自費注射をする場合、
体重5kg未満の赤ちゃんには45万9147円、体重5kg以上の赤ちゃんには90万6302円の薬代がかかるのでそうそう気軽に使えるものではありませんが、
海外だと格安またはタダでベイフォータスを使えるところも多く、なんならアブリスボよりもベイフォータスの方が普及度が高いことの方が一般的です。詳細は後述。
これらの使い分けについて、いったん日本の事情は置いとくとして、
アメリカがどう制度を整えているのか見てみましょう。
◎アブリスボ
・9月から1月までの間に、妊娠32週~36週の妊婦にアブリスボを接種することを勧める。
・過去の妊娠でアブリスボを接種したことがある場合、今回の妊娠でアブリスボの追加接種は勧めない。この場合、アブリスボの代わりに児のベイフォータス注射を勧める。
◎ベイフォータス
・生後8か月未満、かつ初めてRSウイルスのシーズン(たいてい10月~3月)に入る児にベイフォータスの注射を勧める。
・ハイリスク児の場合、時間をあけて2回目の注射も推奨する。
・母体が妊娠中にアブリスボを打ってある場合、原則としてベイフォータスは不要。(ごく一部例外あり)
◎シナジス
・ほとんどの面でベイフォータスの方が優れてるのでもはや使うことはない。
・ベイフォータスが品薄になった時の代替品としてなら使ってもいいかな。
・でもそういう事態になることも多分なくなったから、2025年12月31日をもって販売終了ね。
まとめると、アメリカは「アブリスボ or ベイフォータスを打てばOK」「シナジスは販売終了」という方向に舵を切っています。
これにより、無保険など一部の状況を除き、アメリカではアブリスボまたはベイフォータスを無料で接種可能です。
そして、ここまでアブリスボ=プレステ5、ベイフォータス=Switch、シナジス=DSに例えたのはこういうわけです。
プレステで任天堂のゲームは遊べませんので、これら(アブリスボ / ベイフォータス・シナジス)は明確に別ものです。
そしてWiiやゲームキューブの時代ならばDSにも携帯ゲーム機としての役割が確かにありましたが、据え置き機でありつつ携帯機にもなるSwitchがDSの時代を終わらせてしまいました。
任天堂も現在はDSのサポートを終了しており、シナジスのアメリカ終売がまさにこれと対応してる感じ。
以前であればDS(シナジス)の価値は大きかったのですが、2025年の今、ゲーム機をひとつだけ買うならばプレステ5(アブリスボ)かスイッチ2(ベイフォータス)でいい…といったイメージですね。
(DSガチ勢や熱狂的Xbox派の皆様ごめんなさい)
出典:任天堂
欲を言えば、海外並みにベイフォータスが使えるようになれば最高ではありますが、
アブリスボだけでも定期接種の対象になるのは本当に朗報と言えます。
お政府様もついに本腰を入れて少子化対策をガチり始めたと言っていいのかな…?
できれば子どもひとり産まれるごとに百兆円くらい欲しいですが…
というわけで、ここまでがアブリスボ・ベイフォータス・シナジスの基礎知識。
ここからはもう少しマニアックな話です。
ベイフォータスとシナジスの効果比較、
日本のベイフォータスが高すぎるのは何故か、
その理由を踏まえたベイフォータス普及の見通し、
そして私がアブリスボやベイフォータスの普及に関してどのように考えているのかについて、
国内の法整備や海外の現状を踏まえつつ解説していきましょう🐻❄️
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