全力解説 vol.52「妊娠糖尿病の世界一わかりやすい解説」
このニュースレターでは時々『世界一わかりやすい解説シリーズ』を執筆しています。
これまでに執筆したのは2本。
『妊娠高血圧症候群』と『PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)』です。
『世界一わかりやすい解説』という大風呂敷を広げすぎなタイトルではありますが、
幸いにも「実際わかりやすかった」というご感想を多くいただいております。
というか私は記事の内容を書く前にとりあえず見切り発車でタイトルを付けることが多いので、タイトルを付けた後になって「よっしゃ世界一わかりやすく書いたろ」と構成を考え始めるのであります。
藤子F先生が「アイデア無いけどとりあえず机の引き出しから何かが出てくる話にしたろ!」とそれっぽい新連載の予告を描き、
後になってネコ型ロボットを思いつき『ドラえもん』の着想に至ったというのは有名な話。
(この話の真偽自体は微妙なようですが)
出典:ドラえもん誕生
藤子F先生ですら見切り発車をやるのだから、私がやってもいいじゃないか。
よくないか。よくないな。
というわけで今回のテーマは、以前からリクエストの多かった『妊娠糖尿病』。
日本でおよそ13%ほどの罹患率とされることもあり、妊娠糖尿病関連のご質問もしばしば寄せられていました。
そんな妊娠糖尿病とは、一体何なのか?
どのように診断するのか?どう治療するのか?誰がなりやすいのか?
といったあたりを詳しく解説していきましょう🐻❄️
妊娠中のエネルギーと糖について
よくある説明としては、
「妊娠中にだけ起きる、糖尿病みたいな状態」
「妊娠中に血糖値が上がりすぎる病気」
といった感じのものが多いですね。
これらの説明はちょっとシンプルすぎるのですが、
とはいえ本気で妊娠糖尿病の病態を説明しようとすると際限なく複雑怪奇化していくので、
深淵に立ち入りすぎない程度に解説していきましょう。
どうも、母体です。
赤ちゃんやで。まだ妊娠反応が出てちょっと経ったくらいの時期やな。
つわりはあるけどエケチェンのためにも頑張って食べるよ!!
あー、オカンちょいまち。今はそんな無理せんでええからな。
そうなの?私がご飯食べられてないとエケチェンも栄養不足にならない?
それよう言われる誤解やけどな、妊娠7週くらいまでは胎盤のもとになる「絨毛」すらうまくできてへんから、オカンの栄養状態はほとんど関係ないねん。
え?じゃあどうやって大きくなってるの?
オカンの子宮が分泌しとる「子宮ミルク(histiotroph)」で成長しとるで。(参考)
子宮ミルク!!??そんなの出した覚えないけど!?
でももう頂いとるで。ほらグリコーゲンたっぷり!(ゴクゴク)
マジか…私の体…出産前からすでに母乳が出てたなんて……
えーと、子宮ミルクは子宮腺からの分泌液やから母乳と全然違うけど…まあいいかそれで……
さて、妊娠10週になったぞ!!
この頃になると胎盤がそこそこしっかり作られ始めるから、オカンの血液からの栄養がメインやな!
ということは子宮ミルクには期待できないか…まだまだつわりはしんどいけど食べないと…
オカン!まだ無理は禁物やで。今のワイはそないエネルギー要らんねん。
え?でも私の血液からの栄養が生命線なんじゃないの?
それがやな、Sparksらによると胎児の必要カロリー量は約90~100kcal/kg/日と見積もられてるんや。(参考)
この論文は1980年に発表された概算に過ぎんが、このニッチなジャンルでPubMedベースで140件超の引用数っちゅうのは大したもんやな。信頼度はそれなりに高いで。
なんか急に難しいこと言い出した。
妊娠10週頃の胎児体重はおよそ10g、20週でも300gくらいや。けっこう小っちゃいやろ?
つまり、妊娠10週でわずか1kcal/日くらい、妊娠20週でも30kcal/日といったところやな。
うまい棒1本分以下のカロリーで充分生きられんねん。
今のオカンにとってワイが必要なカロリーなんて誤差や…つわりの体のケアが優先やで…
我が子よ…!
うまい棒とかけて、イチローの守備とときます…
えっなに怖い。
どちらも円筒(遠投)が魅力でしょう。
ベビっちです。
私はこの子をきちんと育てられるのだろうか…
というのが、妊娠初期~中期において起きている赤ちゃんのエネルギー動態です。
ホントです。
しかし、そんな状況に変化が起き始めるのが妊娠16週頃。
…さて、今の時期(16週)にオカンが特別にカロリーを摂りまくる必要はないわけやけど…
とはいえ今後、ワイの主なエネルギー源は糖分になっていくから、オカンに糖分を作ってもらう準備は始めとかなアカンわな。
おまかせあれ。私の仕事が単なる栄養の受け渡しだけだと思ったかね?
笑止…!私は胎児に栄養も受け渡すしホルモンも作る、超高性能な臓器なのである…!
というわけでお母様!血糖値アップをお願いします!(ホルモン放出)
むむ、このホルモンは…!
私の血糖値を上げつつ、私自身はあまり糖分を使わないように気を付けないと…!
よっしゃ糖分たっぷり!しっかり成長できるで!!
このような変化が起き始めるのが妊娠16週頃とされています。(参考)
母体の血糖値と深いかかわりを持つ仕組みのひとつに「インスリン抵抗性」があります。
シンプルに要約すると「インスリン抵抗性が高いほど血糖値も上がりやすくなる」とお考えください。
そんなインスリン抵抗性は妊娠16週頃から上がり始め、妊娠36週頃まで毎週約5%ずつアップし、最終的に非妊娠時の200~300%ほどのインスリン抵抗性を示すという爆裂な反応を起こします。(参考)
インスリンや血糖に関わる数値が毎週5%ずつ増えるというのは生体においてそうそう起きる現象ではなく、
そのインパクトを例えるなら毎月5%ずつ収入が増えていって最終的には2~3倍になる感じと言えば分かりやすいと思います。すんごい変化です。
もっとも、月収なら2~3倍になったとて嬉しい悲鳴ですが、インスリン抵抗性がわずか20週間やそこらで2~3倍になるというのは体にとって大改革もいいとこです。
月収も2~3倍になったけど仕事量も2~3倍になったみたいな感じ。妊娠中の体というのはそういう事態が起きているわけです。
妊娠糖尿病の仕組み
もちろん、人間の体というのはよくできたものであり、
一時的にインスリン抵抗性が2~3倍になっても破綻しないようやりくりを頑張ってくれます。
しかし約13%の妊婦さんについては、そうはいきません。
妊娠中に上昇したインスリン抵抗性が、機能の破綻をきたしてしまう可能性があるわけです。
お母様!血糖値アップをもっともっとお願いします!!(ホルモン放出)
あ、もっと要る?なら血糖値がんがん上げてエケチェンにご飯を与えないと…
脂肪を分解してエネルギーを調達!炎症性物質を放出!インスリン抵抗性さらにアップ!
さあどんどん血糖値あげるぞ!!!
その調子ですお母様!!糖を!!もっと糖を!!!!
え、ちょ、さすがに糖多くない…?もうお腹いっぱいやけど…
こんな感じで、いつしか血糖値が上がりすぎてしまうことによる弊害が出現してしまう、
それが『妊娠糖尿病』という病気なのです。
ちなみに、妊娠と関係なくインスリン抵抗性が上がりっぱなしになってしまったり、インスリンの分泌機能自体が落ちてしまったりすることで血糖値が爆上がりしたまま元に戻らなくなる病気が『糖尿病』です。糖が多すぎて尿にダダ漏れになってしまった状態を表します。
なぜ『糖尿病』と呼ぶかというと、血糖値なんて測れない大昔は尿を舐めて判断していたためです。
糖尿病=diabetes mellitus(ハチミツのような甘い尿の出る病気)という名前もここから。
※画像はイメージです。
血糖値が上がりすぎることによる合併症
さてさて、血糖値が上がるというのはエケチェンの栄養源が増えるということでもあり、
一見すると悪くないように感じるかもしれません。
しかし、過ぎたるは及ばざるがごとし。
ふるさと納税で大量のお肉がいっぺんに来てしまい冷凍庫がパンッパンになってしまう現象と同様、赤ちゃんが過度なエネルギーに晒され続けるのもそれはそれで良くないのです。
妊娠糖尿病が適切にコントロールされていない場合に起きうる合併症は、おおよそ以下の通り。
【母体側の合併症】
・妊娠高血圧症候群になりやすい
・次回の妊娠時も妊娠糖尿病になりやすい
・産後、長期スパンで見ると糖尿病の発症率が7倍くらいになる
【赤ちゃん側の合併症】
・胎内で高血糖環境に慣れてしまうと、産後に低血糖になりやすい
・産後の呼吸状態が悪くなりやすい
・早産になりやすい
・黄疸、電解質異常、心筋症などの割合が増える
【母児双方にとっての合併症】
・巨大児になりやすい
・そのために分娩停止や肩甲難産、帝王切開などが増えやすい
(≒有り体に言えば難産になりやすい)
という感じで、まあとにかく放置して良いことが何もないという状況になっております。
しかしご安心あれ。
これらはあくまでも「妊娠糖尿病を完全放置した場合」の話であり、
適切な治療をすることで合併症の発生率を減らせることが明らかになっていますし、そもそも妊娠中に血糖系の検査をちょこちょこやるのは「完全放置されてしまう症例」を減らすための方策でもあるのです。
妊娠糖尿病の診断法について
さて、そんな妊娠糖尿病をどうやって検査するかですが、
ここで活躍するのが『75gOGTT(経口ブドウ糖負荷試験)』、俗に言う「サイダーの検査」です。
これに似た検査『50gGCT(グルコースチャレンジテスト)』や、もっと簡易版の『ただ血糖値を測るだけ』の検査もあったりしますし、もっと言えば毎回の妊婦健診で『尿糖』も測ったりしますね。
このへんの使い分けがどうなっているのか、なぜ同じ検査をやる人とやらない人が分かれるのか、
そもそも50gGCTや尿糖の検査をやる意味はあるのか、といったあたりを詳しく見ていきましょう。
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